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2004.01.13

ジェンダーフリーとかって

そういえば、昨日のテレビタックルは気分悪かったけど。

男女の役割に対する最終的にどこまで踏み込むかの日本と外国の違いって宗教なんかなと思ったよ。キリスト教もイスラム教も(ちょっと前2者と違うが)儒教も女性の位置づけが決まってるからね。

きちんとした信仰があるところって『神様の決定 = 生物学的』な決まりみたいもんだからねぇ。それが無いからどこまで踏み込むかに意見が分かれるんだよね。

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映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

フェミニストたちは、この日本をどこに連れて行こうとするのでしょうか。
甚だ疑問です。

なんで三回もレスされているのか・・・
なぞだ。

重複レス消しました>ふむむさん。

このココログは夜中とか込んでる時間は記事のアップロードが
つまって遅くなるだけでなく、時々多重アップロードがあるみたいです。

最近のblogブームで利用者が増えたため更新の多い夜中はサーバがきついんでしょうね。

そうなんだ、masafumi(著者)さん。
了解。

こちら経由で僕のホームページに何人かアクセスしてくれているようで、ありがとうございます。
ああいう主旨のホームページやってます(てへへ)。

僕は基本的にアンチジェンフリなのですが、あまりにも一方的な両極端な意見しか目にしていないので、「それはいかん」と思いHP立ち上げました。

僕が考えるには、ようはバランス感覚の問題のような気がしてなりません。
遠い将来は、人類はユニセックス化するでしょう。
現に戦後50年以上たち、日本人はかなりユニセックス化しました。
古い映画を観ると、以前の日本人はこうだったのか、と、驚くばかり。
アンチを推奨する僕ですら、30年前でしたら、立派なウーマンリブ信仰者なのかもしれませんね。

ただ、現在のジェンダーフリーに関して危ぶむのは、たとえその考えが正しいとしても、あまりにも〈急ぎ足〉で論を進めていることと思います。
また、アンチの掲示板もあまりにも過激で一般の価値観からは遠く離れているような気がします。

女性が社会進出し、できうる限り〈人間として〉対等であるべきと僕は考えます。
しかし、ジェンダーフリーもアンチジェンフリも、このまま、論を進めては、時代に逆行してしまうような、そんな危惧があります。
よりよい未来にする為に知恵を出し合わなければ、どんな素敵な主義主張も悪に変化してしまいます。
そういう思い出この問題を見つめているのです。

僕はジェンダーフリー反対派です。
やはり男らしさや女らしさって必要なものだと思います。
だけどジェンダーフリーに必死で反対している人たちなんかは逆に男らしさや女らしさを強調し過ぎる面やジェンダーフリーに対する憎悪から必要以上に攻撃的になっている面があると思います。
まぁお互い両極端というかどちらも冷静さがまずないですね。
お互いにののしりあっている姿はみっともないですね。
僕はただ昔の時代のように男らしさや女らしさがガチガチに固定された世の中というのも問題だと思うんですね。
だから男らしさや女らしさは時代によって変わってもいいと思うし全ての人が全ての~らしさに適応できなくても寛容であるべきだとも思います。
最近では男脳、女脳などといって脳の性差があることがわかりました。
ただこの脳の性差を持ち出して作られたらしさなどない全て生まれつきだなんていう意見なんかもあるみたいですけど…これもまた保守派のフェミニズムの全ての性差は作られたという偏見と逆パターンの偏見だと思いますね。
男女の性差は生まれつきと社会的要因の両方があるというのが妥当だと思いますし結論を急ぎすぎてはいけないと思います。
また脳の性差も男性的な部分と女性的な部分をほとんどの人の脳は持っているそうです。

遥洋子著『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』を図書館にて読む。
半分くらい読んで挫折。
なんか腹がムカムカし、最後の『喧嘩に勝つ十か条』を三条まで目を通し、また挫折。

上野千鶴子氏、流石にフェミニズムの総本山だけに、いろいろと上手いことを言う。
「議論は勝つ必要がない」
「勝者を観客が判断すれば良い」
「議論で勝つのでなく弄ぶ事」
なる…

そか…

……

っと、
一瞬納得して、
「はて、おかしいぞ」
と思う。
「そんなん喧嘩の基本ジャン」
なんでわざわざ、忙しい芸能活動の合間に東大に出向いて、そんな当たり前のことを聞いて感心しているのか??
よく判らない。
番組で遥洋子氏がよくやり込めていた上岡龍太郎氏の常套手段じゃん。
この人は番組でやり込められたことばかりが頭に残り、その状況を後で冷静になって分析しなかったのか?
東大で上野千鶴子氏に喧嘩を学ばなくとも、八年近く《番組》という《ギャラ》を貰う環境で、公衆の面前で、上岡龍太郎氏に喧嘩の実践法を《英才教育》という形で受けていたようなきもするが…
何故同じ方法論をわざわざ東大に行ってフェミニストに学んだのか。
僕にはこういう無駄が判らない。

上岡龍太郎氏は遥洋子氏の性格を見抜いて、番組において《当て馬》的に《女の愚かさ》というポジションを与えたに過ぎない(番組外での両氏の関係は一切知らないが)。
上岡氏、実に立ち回りの上手い人である(あった)。
上岡氏、実は相手によっては《女性》も《男性》と同等に扱っていた。
上岡氏の嫌うのは《愚かさ》ではなかったか。
短絡的な娯楽表現をディレクターや芸人がすると、バラエティー番組でも録画(または生本番)中に途中退場した人物である。
上岡氏が遙氏を番組でやりこんだのは、遙氏のコメントに《内容がなかった》に過ぎないのではないか。
『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』という本には見事に内容がない。
あるのは《関西のローカル芸能人がフェミの総本山上野千鶴子氏のゼミを受けた》という変わった状況のみである。
最後の十か条は喧嘩に勝つとか議論に勝つとか、そういうレベルの話ではなく、困った状況に対して《思考停止》の薦めである。
たしかにこの十か条、喧嘩に負けることはない。
しかし勝つこともない。

実は以上のことを、著書を読む前にネットにあった著作評を読んで出ていた結論だが、元本に触れずに書くのは失礼と思い腹の中に収めていた。
しかし結果、読書によってその《最初に思った直感》を補強したに過ぎない。
わざわざ図書館へ足を運びこの本を読んだ一時間を返してもらいたいものだ。
この人の《あの三年間》は一体なんだったのだろう。
最初に上岡氏に突っ込まれた時、一晩泣いて、一晩じっくり考えれば、この十か条はたやすく導けたのではないか。
本来、議論の勇とはそういうものではないだろうか。
わからないぜ、遙洋子!!
しかし、印税は入ったんだよね。
よかったじゃん、遙洋子。

この本をお持ちの方、そういう視点で再読してみてください。
面白いですよ。

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